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私のいとしい人

2015年08月08日

父を追うように母が亡くなり、8月には初盆を迎えます。母の葬儀の時の参列者にお披露目をしたエピソードをお話しします。

父が亡くなり、父のデスクを整理することになりました。父は書斎に山のような雑誌を積んでいましたので何とか整理しようと、まず手始めに書斎のデスクの整理から始めました。偶然に引き出しからある写真を発見しました。写真の主は若かりし頃の母でした。そして、黄ばんだ写真の裏面にはこんな文が記載されていました。

Rein,huld und schon Meine Geliebte
清く、恵み深く そしてきれいな
私のいとしい人

父が大事にしていた写真が60余年ぶりに子供たちの前に現れました。母に尋ねると“ああそれね”、“覚えてるわ。でもおとうちゃまは、まだその写真を持っとったとね“と。“あれは第一(熊本第一高女)の時の写真よ。おとうちゃまがどうしても写真がほしいというのであげたの。“真は母の実家の熊本市白山町の玄関で撮った写真だそうです。両親が付き合ったきっかけは熊本城二の丸広場にありました。空襲で大学病院が焼けてしまったため熊大代謝内科(当時は体質医学研究所といいました)は旧米軍の病院があった熊本城二の丸で業務を再開しました。一方、母は二の丸(現在の植物園)にある化血研研究所に勤務していました。きっと二の丸広場がキューピットだったのでしょう。

当時、父は現在はなくなりました無休医局員、インターンでした。結婚するに当たり、いくら医師でも給料もない相手でいいのだろうか母の両親は悩んだとのことですが母が決心していたので話はスムーズに進んだそうです。母は父が亡くなってあっという間に病弱になりました。引き出しが終わって次に書物の整理をと考えていましたら、母が“いい”と言うまでそのままにしてあげようという話になりました。ところが今度は母のリューマチがひどくなって階段を登れなくなってしまいました。そのため2階の書斎は2年半前と全く同じ状態です。写真は父が他界する直前の88歳の米寿のお祝いの時の写真です。“ああ忙しい、ああ忙しい”と言っていましたが母は実に生き生きとしています。父が他界した後、母は病気が急に進んだというわけでもないはずなのに、後を追うように体調が悪くなりました。それくらい父を愛し、頼りにしていました。本人は“じゃーね”でいいのでしょうが、残された私たちはあまりの突然のことでまだ現実を受け止められませんでした。最後の夜は枕元に寝たのに、忙しかったのでしょう夢にも出てきませんでした。

今度のお盆に“元気な”二人に会えればと思います。

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